3年という月日

2014年03月24日

【3年という月日】について。
3年11日が過ぎても、フクシマへの思いは、めぐっていました。
さて、
本日は、県議会2月定例会の最終日でした。
向こう1年間(平成26年度の1年間)の予算の議論は、
2月18日からの長丁場でした。
議論を尽くした後は、採決です。
執行部提案のすべての議案を採決します。
と同時に、
議員提案の「決議」や「意見書」を採択します。
私は、
私が所属する会派『民主党・県民ネットワーク』が準備した「意見書」3本について、
議員全員の賛同を得るべく、討論に立ちました。
(=本会議場の演台で、根拠を明らかにし意見を述べ、理解を求めました)
「意見書」3本のうちのひとつ
「東日本大震災からの速やかな復興および福島の再生を求める意見書」の
根拠のひとつが、この【3年という月日】 。
以下、
この「意見書」の中で
【3年という月日】の重みと意味に触れた箇所を、原稿のままお届けします。
「……阪神・淡路大震災を思い起こす時、その3年目にあっては、
『3年、踏ん張っていれば、我慢すれば、何とかなると言い聞かせて
きたが、一向に生活は良くならない。将来に見通しが持てなくなった』
と、心が折れてしまう被災者が少なくなかったそうです。このことは、
兵庫県の知り合いから聴きました。『石の上にも3年』と、よく口に
しますが、3年経っても、思いの外、生活再建が進まない状況が続き、
阪神・淡路大震災の場合、自殺者が急増したのも、この3年目と聞い
ています。……」
この「意見書」は、全会一致で採択されました。
東北を忘れない!フクシマを、忘れない!





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