責任2

2014年03月28日

政治不信の最たる要因は、「責任」の欠落であろう。
前回に続き、朝日新聞(3/26)“耕論”の『水俣から福島へ』から
「責任」について考えました。
以下、熊本県知事:蒲島 郁夫さんのご意見(抜粋)。
「原発事故で最も気掛かりなのは、初動のもたつき。
なかでも、責任が国にあるのか、東京電力にあるのかが明確でない点です。
それゆえ、補償や除染などの方針がぶれる。
……
水俣病も同じでした。
発生当初、国・県は責任を認めず、
原因企業のチッソは会社を守るため、責任や補償の範囲を限定しようとした。
その結果、被害が拡大し、救済も遅れてしまいました。
……
風評被害や差別がつきまとうのも同じです。
水俣病では、原因究明が遅れたため、
偏見や差別を気にして、病を公言できない人たちがいました。
原発事故でも、偏見や風評被害を怖がり、
あえて何もせず、被害が広がる恐れがある。
……
水俣病が戦後復興や高度経済成長という
国民生活を支える国策の過程で起きた事実を考えると、遅すぎです。
発生時から国が責任をもって対策を主導していたら、状況は違っていたはずです。
……
残念ながら、
水俣病は長い時間が経過し、
患者かどうかの判断が難しい状態を招いてしまいました。
原発事故は、
放射能が拡散した時点で、
誰がどこにいたのかが、今なら分かる。
国の責任で、
網羅的な調査を即、やるべきです。
……
風評被害と差別には、科学的なデータを示すしかない。
手間はかかるが、それも政治の役割。
水俣病の経験から、そう確信します」
私、大橋みちのぶは、
自らの政治指針として
『今に責任!未来に責任!』を掲げてきました。
前回のこのブログに取り上げた熊坂 義裕さんの論考を、
そして、今回の蒲島 郁夫さんの論考を、
政治家の1人として、自覚的に認識しつつ、
様々な政治課題に向き合うにあたり、
私の政治指針の血肉にしていきたいと、強く思いました。

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