責任

2014年03月27日

『今に責任!未来に責任!』
と、小生は、名刺や県政報告に使ってきました。
「責任」ということを今一度考えたくて、今回のテーマを「責任」としました。
そこで、ここに、朝日新聞(3/26)“耕論”の『水俣から福島へ』を取り上げます。
その中の、内科医で、元宮古市長の熊坂義裕さんのご意見を(抜粋で)紹介します。
では、どうぞ。
「水俣病で国の対応は常に後手に回りました。
逃げ腰だったと思います。
今の福島を見るにつけ、水俣病のように、訴訟が起きてから、
じわじわと被害が認められる展開にならないか危惧しています。
……
福島県が注目されていますが、関東でも汚染された地域がある。
そこの県知事が『子ども・被災者支援法』に沿った健康調査に動かないのは、
風評被害や差別が起きかねないからでしょう。
健康の確認と風評被害を防ぐことは別次元の話なのに。
……
原発事故でも放射能の影響の証明は困難を極めるでしょう。
福島県では、18歳以下の30数万人の子どもの事故当時からの被曝量すらわかっていない。
補償が必要になった時に、その証明を個人に求めるのは無理な話です。
県外に避難していたらなおさらです。
……
被爆を避けて移住する権利を法的に保障しないと、人生設計ができない例もある。
いずれも補償には税金を使うので、政治的決断が必要です。
……
水俣の経験はまだ福島に生かせていません。
水俣も終わっていませんが、福島は始まってさえいないのです」
「責任」とは何か。
「責任を果たす」とは何か。
政治家の端くれの私に、上記の文章は、貴重な視座を示してくれました。















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