言葉「平和」について

2015年05月17日

いつの日か、取り返しのつかないことが起こる……。
そこはかとない不安が広がっている(はずだ)。
「安保法制」の議論が、密室(自公与党)から公の場(国会)に移った。

他国軍への後方支援のための新たな恒久法「国際平和支援法案」、
武力攻撃事態法改正など10法案を一括した「平和安全法制整備法案」、
この2法案、いずれも法案の名に「平和」がある。

言葉「平和」の使い方が気になる(気にさわる)。
冷戦時代、当時のソ連の核弾頭ミサイルには「平和」とプリントされていた。
あの忌まわしい戦争で、当時の日本では「東洋平和」が大義だった。

「この道しかない」、安倍政権の「安保法制」は立ち止まることを知らない(ようだ)。
「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」と安倍首相はのたまう。
あの原発事故は「絶対にない」はずだった。

言葉「平和」に戻る。
今国会で2法案の名称に「平和」を冠したのは、
国民論議をかわそうとする(国民を欺こうとする)姑息な手法だ。
姑息な手法は、いざという時、役に立たない。

*写真は、5.16「チームしが政策フォーラム」inピアザ淡海
私、大橋みちのぶは、言葉「平和」について意見しました。



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