親の分まで

2014年03月11日

東日本大震災から今日で丸3年。
本日、3月11日、
犠牲者が死者・行方不明者を合わせて約4000人と
最も多かった宮城県石巻市の追悼式で、
遺族代表として、彩加さんがスピーチをする。
震災時、
中学3年生だった彩加さんは、
その時、一緒だった母の理子さん(当時35歳)と
津波に巻き込まれ、流れ着いた先で、
理子さんはガレキに挟まれ、動けなくなった。
彩加ガレキさんが助け出そうとしたその時、
次の津波が襲ってきた。
「大好きだよ」
と、声をかけるのが精一杯だった。
残された家族は、
祖父だけとなった。
高校進学後、彩加さんは、
支援団体の活動に加わり、
被災体験を語るようになった。
「人生は短いんだから、いろんな人に会ってほしいな」
理子さんの生前の言葉が、彩加さんの背中を押した。
東京、パリ、ニューヨーク……
世界7都市で50回ほどスピーチをしてきた。
訪問先で、災害・テロで親を亡くした子どもと触れ合い、
深く共感し合えたという。
11日の今日は、
古里に眠る理子さんに、
心の中で、こう語りかけたいという。
「ママ、頑張って生きていくからね」
/読売新聞(3/11)の特集記事を圧縮してお届けしました/
東日本大震災で、
両親を失った「孤児」は、241人、
どちらかの親を失った「遺児」は、1498人に上る。
本日、3月11日、
「親の分まで」……
「孤児」や「遺児」の明日に向かって踏み出す力、
その根っこを思う。
☆写真は、児童70名の犠牲を出した大川小学校


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