東日本大震災、その後2

2014年01月23日

福島県南相馬市、そして福島第二原子力発電所、
この2カ所が、この度の視察の主な訪問先でした。
「今日の一言」は、県外の私たちを案内してくれた……
地元の南相馬市議会議員のお話の印象に残った一部をお届けします。
「……あの1号機、3号機の爆発を目の当たりにして、
多くの人は、親戚や受け入れの自治体へ避難して行った。
7万1千人の街(=南相馬市)から、その数6万人。
そのほとんどか“自主避難”だった。
市長は、2ヶ月間、市長室で寝泊まりした。
……家族を息子のいる山形へ見送った私は、
国が指示する“屋内退避”をして、ひとり自宅にいた。
(外気が入るから)「エアコンはかけるな」、「窓は開けるな」という指示。
ガスメーターが壊れても、修理をする人がいないから、2週間、風呂に入れずにいた。
(爆発した原発から)30km圏内は、新聞は来ない。郵便物は配達されない。
スーパーは開かない。ガソリンスタンドも閉まったまま。銀行も閉鎖。
病院に薬が届かないため、市内に入院するすべての患者さんを市外の病院に移送した。
人口は、1万人にまで減少し、街中は、回収に来ないゴミ袋を漁るカラスと、
鎖をはずされた飼い犬がうろついているばかりだった。
さらに、こんな窮状を伝えるマスコミの記者が、南相馬市から消えていた。
それでいて、市役所に「被災地の惨状は?」と電話してくる記者に、
思わず大声をあげてしまった。
……市内の学校は、30km圏外の学校で再開し、
30km圏内の子どもたちと一緒に勉強を始めた。
(☆福島第一原発から30kmラインは、南相馬市を横切る……)
体育館をボードで仕切る劣悪な環境での再開だった。
毎日バス8台で子どもたちの送迎に当たる。
1日100万円の支出。
国や県に認めてもらえない中、半年間続けた。
……除染が進まない。
あれから1年が経過した時、2年間で400億円の予算を国から確保し、
業者も決定したのだが、除染が遅れている。
原因は『仮置き場』である。
『仮置き場』は、近くの住民から反対の声が上がり、その選定が遅れている。
『中間貯蔵施設』が決まらなければ、その『仮置き場』が『最終処分場』になる!
という反対の声も大きい。
もちろん、国が言う「5年以内に中間貯蔵施設をつくる」よう要求するが、
まず、地域に『仮置き場』をつくらなければ、除染が始まらない。
除染をしなければ不安で、避難した人が帰らない。
人が戻らなければ、復旧・復興も遅れる……という悪循環になる。」
……地元の市議会議員の言葉は、とてもとても重かった。
☆写真は、富岡駅。1月22日現在。

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