リアリズム

2014年02月05日

まず、岡 真理『記憶/物語』から抜粋。
やや長い引用になります。
「……『ジェラシック・パーク』でスピルバーグが描く恐竜は、
よくできたフェイク(*にせもの)であること、
つまり、恐竜に対して私たちが感じる〈リアリティ〉というものが、
想像されたもの、つくり出されたもの
……もちろん、それは多くの科学的根拠に基づいて
生み出されたものではあるのだろうが・・・
にすぎないということは、誰の目にも明らかであると思われる。
私たちは、それがどんなに〈リアル〉だと思っても、
かつて〈現実〉に存在した恐竜とは混同しない。
むしろ、恐竜の描写を「リアルだ」と語るということそれ自体が、
参照されるべき〈本物の〉恐竜の存在を想起させることで、
それが本物、「リアル」でないことを逆説的に語ってしまう。
他方、『プライベート・ライアン』の戦闘シーンは、
戦場を撮った報道映画を見ているような感覚に襲われるため、
それは〈再現されたもの〉であったとしても、そのリアルさが、
できごとそれ自体のリアリティを、〈現実〉を再現していると、
受け取られてしまうのではないか。
だが、『ジェラシック・パーク』の恐竜がフェイクなら、
『プライベート・ライアン』の戦場もまた、フェイクである。
そして、私たちが感じる戦場のリアリズムとは、
このフェイク、虚構に支えられているのではないか。」
……できれば認めたくない事実も事実としてとらえ、
そして、現場で感じたことを率直に伝える。
政治家の出発点は、このことにある。
ならば、だから、岡 真理のこの視座を、心に刻んでおきたいと思います。

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